2026年7月31日
災害のあとも、住める家か
このたびの熊本地震で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、ご家族や大切な方を亡くされた皆さまに、謹んでお悔やみ申し上げます。
地震の発生から四日。
日に日に被害の状況が明らかになり、古い木造住宅を中心に、
倒壊や大きな損傷が伝えられています。
住宅に携わる者として、大きな衝撃を受けています。
そして同時に、家は人の命を預かるものだという責任を、改めて感じています。
災害そのものを、私たちがコントロールすることはできません。
地震を止めることもできません。
揺れの大きさや、起きる時間を選ぶこともできません。
どうにもできないことに、すべての力を使うわけにはいかない。
では、住宅に携わる私たちは、何を考えるべきなのか。
私は、二つだと思っています。
一つ目は、
災害に遭ったとき、その家が家族の命を守ってくれるか。
二つ目は、
災害のあとも、その家で暮らし続けることができるか。
倒れなければ、それでよいという話ではありません。
玄関や窓は開くのか。
屋根から雨が入らないか。
柱や壁に大きな傷みはないか。
余震の不安を抱えながらも、家族が夜を過ごせる状態なのか。
そして、傷んだとしても直すことができる家なのか。
そこまで考えて、初めて家の安全を語れるのだと思います。
耐震性能というと、数字や等級の話になりがちです。
もちろん、数字は必要です。
ただ、その数字の先には、揺れの中で子どもを抱く人がいます。
暗い部屋で家族の名前を呼ぶ人がいます。
数字は、その人たちの命を守るためにある。
そこを忘れてはいけません。
今回の地震は、厳しい暑さの中で起きました。
避難所となる体育館にエアコンがなかったり、停電によって設備が動かなかったりして、避難所として十分に使えない場所もあります。
車の中で過ごす方の姿も目立ちます。
家が危険だから避難する。
けれど、避難した先にも暑さがあり、停電があり、身体への負担があります。
車の座席で身体を縮め、暑さに耐えながら朝を待つ。
その姿を見ると、住宅事業者として、家の安全性について改めて考えさせられます。
災害の瞬間に命を守ること。
そして、安全が確認できた家で、災害のあとも暮らしを続けられること。
この二つは、切り離して考えてはいけないのだと思います。
遠く離れた私たちに、今すぐできることは限られています。
ただ、被災地と一緒にうつむいたままでいることだけが、支援ではないとも思っています。
被災された方が、いつかふっとこちらを向いてくださったとき。
「あそこは今日も元気にやっている」
そう思っていただき、ほんの少しでも勇気を感じてもらえる存在でありたい。
だから私たちは、私たちの場所で元気に仕事を続けます。
いつ声をかけられても動けるように、準備をしておく。
目の前の一棟を、見えなくなるところまで丁寧につくる。
修理で済むものは、修理で済むと伝える。
補強が必要なら、その理由と費用を正直に説明する。
住み続けることが危険なら、耳の痛い話でもきちんと伝える。
派手なことではありません。
けれど、それを続けることも、住宅に携わる私たちにできる支援の一つだと思っています。
災害は選べません。
しかし、家をどうつくるか。
どう直すか。
危険をどう伝えるかは、私たちが選べます。
その家は、災害に遭ったとき、命を守ってくれるか。
そして、災害のあとも住み続けられるか。
住宅に携わる者として、この二つの問いから目をそらしてはいけないと思っています。









